望郷
「帰ろう。」
そういってあいつは手を伸ばしてきた。
「君の生まれた地へ。」
夢と現を彷徨っているような感じがずっとしていたが、その言葉だけははっきりと聞こえた。
俺はわずかにしか動かなくなった体で小さくうなずいていた。
それを確認して、あいつは小さな体で俺を背負って歩き出した。
あたりは一面雪だった。
「君は言ったよね。すべてが終わったとき、俺の帰る地はここじゃないって。覚えてる?」
俺はうなずくこともできずにいた。もう体も満足に動かせない。
ただ緩慢と見えてくるのは死。
そしてあのころの思い出。
「俺の帰る地はここじゃねぇ。」
そういって俺は放浪の旅に出た。
俺の性に合っていたし、もう待っていてくれるやつもいねぇ。
だからまた飛び出した。
それなのに、今、あの地へ帰りたい、と思っている。
「君の帰る地はあそこだよ。」
あいつの声がどんどん遠くに聞こえてくる。
「僕は父を殺したとき、帰りたい、って思った。死と向き合ったとき、人は生まれた地へ帰りたくなるのかもしれないね。」
長い長い道のり、あいつはいろいろと俺に話しかけてきたが、ぽそっと言ったその言葉が俺の中に残った。
すまない、とそう思う。
俺たちがあいつの故郷を壊した。
そして、あいつを帰れなくしてしまった。
「謝ったら怒るからね。解放軍に入って、グレックミンスターを落としたのは、僕だし、皆だ。僕があそこへ帰らないのは僕の弱さだ。」
あいつは俺の気持ちを察したように言った。
しばらくして立ち止まった気配がし、俺は重い頭を上げた。
雪を被った開けた城があった。
そこは見慣れた故郷。ネクロードに壊され、生まれ育ってきた頃とは違うけれども、それでも、そこは俺の故郷だった。
あぁ、帰ってきたんだな、そう思えた。
◇◆◇
なぜか背に背負っている者が急に軽くなった。
振り返らなくてもわかる。
彼は死んでしまったのだ。
「ビクトール?」
返事はない。
「ビクトール。」
やはり返事はない。
「ビクトール。」
自分の声が震えているのがわかった。
「・・・・・・馬鹿。後ちょっとだったのに。」
後少し、というところでビクトールは静かに息を引き取ったのだった。
それからしばらくしてノースウィンドゥにひとつの石碑が建った。
「ここに、わが友人は眠る。」
その石碑は同盟軍の頃の共同墓地ではなく、ネクロードに殺された人々が眠る共同墓地に立てられていた。
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