痛覚
「あ、ティルさん。手伝ってください。」
「いいよ。」
戦場には出ない。
戦場に二人英雄はいらない。
しかし、シュウに雇われ、正当な対価で、リオウの護衛を引き受けることもある。
一兵士として。
まず、彼についていけるだけの早さを持っていること。
次に、リオウと同じかそれ以上の技量を持っていること。
その条件に当てはまるものはほとんどいないといってもいい。
そして、何かあったとき、必ず彼を守れるだけの力を持っているもの。
リオウが盟主という立場を考えれば、それに当てはまる人間はほとんどいないといってもいい。
トランの英雄という名の重さを差し引いても、リオウの護衛として働かすにはうってつけの人物だというところだろう。
リオウも思われているな、そう思う。
ロックアックス戦。
感じるのは嫌な予感。
シュウと交わした会話を思い起こす。
「守るのはあくまでリオウの身体だけだ。」
「ええ、それでいいです。」
あの時、嫌な予感がして、右手を握った。
そして、始まったロックアックス戦。
ナナミは、敵の矢の前に倒れた。
◇◆◇
共に行かねば護衛にならない。
しかし、向かってくる帝国兵を払わなければいけない。
そして、たぶん、この先には始まりの紋章の片割れがいる。
かれは、リオウを殺すことはしないだろう。
向かってくる帝国へいたちの数は多く、一人ならまだしも、守りながら戦うのは正直きつい。
ならば、
「先に行け。」
その言葉を確認してリオウは走り出した。
◇◆◇
「痛くないのか?」
そう聞いてきたのはシーナだった。
自分の体を見てやっと納得する。
体は真っ赤だった。敵の返り血と、自分の血で。
「まったく、怪我だらけじゃねぇか。一人で、この数、しかも一歩もこの扉から向こうにやってないなんて、どんな化けもんだよ。」
そういいながらも水の紋章を使ってシーナはティルを癒そうとした。
「きゃーーー。」
そのとき聞こえてきたのはナナミの悲鳴。
ティルは、駆け出した。シーナはその後に続く。
「まったくお前ってやつは。そんだけ怪我していて、走るか、普通?」
「もう、私はとっくに痛みを感じることをやめたからね。」
シーナは独り言に言葉が返ってきて驚いた。しかもその内容が内容だけに返す言葉が見当たらなかった。
◇◆◇
あれから、一週間がたった。
「辛かったら痛みを感じなければいい。」
ティルはリオウにそう言った。
「何も感じずに、ただ、進むだけを考えるといい。」
その言葉をたまたま聞いたシーナは顔をしかめた。
リオウが離れていって。
しばらく迷ってシーナはティルの前に現した。
「どうしたんだ?ずいぶん迷っていたみたいだが。」
食えない笑い方をする、そうシーナは思った。
それは、ただ、人をからかう笑みというだけでなく、境界線を引き、入ってこさせないための笑み。
「お前は第二のルカを作るつもりか?」
「ルカだって心の痛みを感じない、ってわけじゃないよ。むしろその逆。だから彼は殺戮を犯した。」
「俺がいようとしているのはそう言うことじゃない。」
シーナがにらみつけると、ティルは薄く笑った。
「それで?」
「あいつから、感情を奪うつもりか?」
「そのほうが楽、って言っただけだよ。」
「お前にはその権利はねぇよ。」
「おせっかいだねぇ。」
あくまでティルは薄い笑みを浮かべる。
シーナは怒鳴りそうになった。が、ティルが手を下に下ろしシーナのほうを見たとたん背筋に冷たいものが這った。
ティルはそれを見てまた薄く笑う。
「お前!」
「大丈夫だよ。彼は感情を取り戻す。ナナミは生きている。」
一瞬シーナはほうけた。
しかし、次の瞬間また怒鳴りつけた。
「だとしてもあいつの感情を奪うのは、俺がゆるさねぇ。お前がどうしようとな。」
「お前がそう努力するのはお前の勝手だ。私がリオウに感情を忘れればいい、といったように。」
「ああ、そうするよ。」
シーナは出て行こうとした。が、何を思いついたのか不機嫌そうに振り返って言った。
「お前、怪我は?」
「さぁ?ふさがっているんじゃない?」
「お前の体だろ?」
「別に今は死んでも生きてもそう変わらない。」
まるで、自分のことではないようにティルは言った。
「お前は、痛みを忘れてなんかいねぇよ。そうじゃなきゃ、リオウに感情を忘れろ、なんていわねぇ。絶対、忘れさせないからな。」
そう言うと、シーナはリオウの部屋のほうに歩き出した。
「まったく。」
そう言って、笑ったティルの口には作ったのではない、本当の笑みが隠れていた。
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