許容範囲


閑散としている食堂で頬杖をつき、キリルはアクビをした。
サキはミューズに攻めるため出かけたし、ルックとシキはサキに頼まれて付いていった。ナナミもくっついていったらしい。とにかく暇だった。

「退屈そうだね。」
そう言いながらカイがキリルの前に座った。
「散歩に行かないか?」
口調は穏やかだが、いつもと違い緊張している。

「何があったんだ?」
「何か嫌な感じがするんだよね。」
そう言ってカイは左手を見る。
キリルは真の紋章が何か関係あるのだろうかと首を傾げた。
それを気にせず、カイは席を立ち、キリルを引きずって行く。
「ビッキー、ミューズまで送ってくんない?」
「えっと、ミューズだね?えい!」
ビッキーはミューズにカイとキリルを転移させた。


◇◆◇


「ビッキーはちゃんと送ってくれたみたいだね。」
その言葉に再びキリルは首を傾げる。
「ビッキーは、時々失敗するんだよ。」

「って和まないで手伝ってください。」
「まったく、頭のネジが外れているんじゃないの。」
そう、ビッキーはちゃんと転移した。サキたちが黄金狼と戦っているミューズに。
カイとキリルは戦闘体勢に入った。

「どうするんだ?」
キリルはサキに尋ねる。
「殲滅します。」
そう言うサキはキレている。

「それはやめた方がいい。」
口を出してきたのはシキだった。

「もう、ここには同盟軍の兵しか生きているものはいないよ。」
そう言ってソールイーターのある右手をひらひらとさせる。
「しかも、多分外で待ち伏せされてると思うよ。兵たちの安全を考えるならここは引いた方がいい。」

サキは息をついた。
「そうですね、少し頭に血がのぼっていたみたいです。一度撤退します。」
しかし、感情的には納得できないようであった。
「ハイランドをまず片付けます。」
「手伝うよ。」
カイ、キリル、シキの声が揃った。

サキだけでなくカイたちも怒っていた。

いくら都市同盟の領地だとはいえ、市民を虐殺するのはルカとなんら変わりはない。
それが、たとえ黄金狼の暴走だとしても、何らかの形で止めるべきだ。

そういった思いがサキたちを占めていた。
それが綺麗ごとだとしても。


そして彼らは逃亡した。
次の策を考えながら。
サキ・カイ・ルックは一度、本拠地に戻ることにした。援軍を求めるためだ。

「あんた、大丈夫なの?」
瞬きの手鏡で戻る前、ルックはシキに尋ねた。
「大丈夫だよ。」
ほんの少しだけ、シキの顔色が悪い。ソールイーターがミューズの市民の魂を食べようとしていたのを押さえつけていたためだ。
「戦争に参加すると決めたのに、今さらだよ。」
ルックはふい、と顔を背けた。見るものが見れが、彼が不機嫌だということが分かっただろう。


◇◆◇
それから、3日たった。 サキは同盟軍に戻った後、再びルックのテレポートにより、ミューズまで戻っていた。 そして、順番に北からじりじりと攻め入る。
キリルとシキはそれを補佐する。

しかし、兵力に差がある。
と、そこへやってきたのはカイだった。船をフル稼働させ、しかもルックの風の魔法で追い風にし、湖の向こうの本拠地からあっという間にミューズの南に来たのだ。この案を出したのはもちろんカイである。
こうして、南と北からハイランド軍は挟み込まれた。もちろん、東と西にも兵を配置しておくことを忘れなかった。
あっという間にハイランド軍は一掃させられた。

そして、残るは黄金狼だけとなった。
「サキ様、本当に部隊を派遣しなくてよろしいので?」
南から来た部隊と共に到着したシュウがミューズに入るのはサキ、シキ、カイ、キリルの4人だけだと聞き尋ねる。
「うん、逆に足手まといになられても困るしね。」
ちなみにルックはへばってしまって留守番だ。
「俺たちも行くぜ。」
そう言ったのはビクトール。横にはフリックもいる。
「ビクトールさんたちはハイランドが攻めてきたときのことに備えていてください。」
あくまで4人で行くとサキは宣言する。
「まぁ、何かあったときは、サキだけでもほうり出すよ。」
「あ、ひどい!」
シキの言い方にサキはすねる。トップがいるということがどれほど大事か知っているカイは苦笑して見守るだけだ。

「お姉ちゃんも行くんだからね。」
そう言って乱入してきたのはナナミである。
サキは困った顔をした。
「そんなことをしても駄目ですー。私はついて行くんだからね。」
しょうがない、そう言う気持ちでサキは頷いた。

「サキ、いいのかい?」
シキはサキを覗き込む。
サキは頷いた。
「なら、止めないけど。」
シキは意味深げに言った。

◇◆◇

黄金狼は先たちが入ってくるなり、襲い掛かってきた。
腹が減っていたのだろう、凶暴さが増している。

サキは先陣を切って駆け出した。ナナミ、キリルとそれに続く。
いつも真っ先に飛び出すのはキリルで、サキは後方に回ることが多いが、今日は積極的に攻撃している。
トンファーの切れもいつにもましてよい。
それを、ナナミが援護し、三節棍がとぶ。
息の合った姉妹のコンビネーションに黄金狼は潰されていった。。

1匹、また1匹と5人は背中合わせになり葬り去る。

そしてすべてが片付いたときには夕方になっていった。
ミューズの市民は丸呑みされ、遺体も見つからないものも多い。
それでもサキたちは一つ一つ丁寧に弔っていった。

夕日もだいぶ山の下に落ちていた。

「何か、むなしいです。」
すべてが終わったとき、サキはポツリとつぶやいた。
「なにか、黄金狼を倒しても何のためにもならなくて。」
「これから、この町に暮らしていく奴らにとっちゃぁすごくありがたいと思っているだろうけどな。本当にこの町が全滅したわけでもないし。」
キリルの言葉にそっと笑う。
「ありがとうございます。それでもなんだか、むなしいです。」
「ま、しょうがない。僕らがしているのはどう言葉を変えようとも戦争なんだから。」
黄金狼を倒してもその悲しさは癒えない。
「はやく、この戦争を終わらせます。たくさん人が死なないようにがんばります。」
「あぁ、がんばれ。」
カイは相槌を打つ。
そう、戦争が終わっても悲しみは残る。
サキたちは夕日が完全に沈むまでミューズ市に居続けた。



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