予感




シキ、キリル、カイの3人は魚が2本足で立ち、人々を襲っているという噂を聞き、トランの国境に近い街で調査していた。

こんな噂があるんです、と宿屋の娘がシキに話した時、キリルとカイは顔色を変えた。
特にキリルの様子は尋常ではなかった。

カイもシキもあの場所にいた。
だから、キリルの後悔も知っている。
父親やコルセリアの父、そして魚人になったたくさんの罪のない人々を殺した、と。
もし、紋章砲の筒芯が残っているならキリルは壊すつもりだ。

「赤月帝国が紋章砲の筒芯を持っていた、って話は聞いてるか?」
キリルはシキにケンカ越しに尋ねる。
「聞いたことはないよ。とはいえ、父は公私をわきまえた人でね。国の重要機密を漏らしたことはない。」
「なら持っていた可能性はあるんだな。」
「キリル、カリカリしてるのは分かるけど、邪眼とまだ決まった訳じゃないし。新種のモンスターかもしれないし。」
カイは落ち着くように言う。

「邪眼が何か、教えて、もらってもいい?」
一人、置いていかれたシキはキリルに尋ねた。キリルはカイを見る。
「赤月帝国はキリルの土地だしね。」
「え、国?」
キリルはきょとんとする。
「お互いの国益に関することになりかねないから。」
「せいぜい面倒みられるの、自分の国とかその同盟国ぐらいじゃない?」
シキとカイは当然のように言った。
「あれが、またあったとしても、俺は壊すよ。」
「たとえそうでもね、巨大な力を持っているかもしれないということは、恐怖びつながり、下手をすれば戦争になる。」
「シキはそんなことしないだろ?」
単純明快なキリルの言葉にシキとカイは苦笑した。

◇◆◇

説明はシメオンがすることになった。一番冷静な判断を下せるだろうと思ってだ。
「邪眼の怖さは結局、敵や民間人を魚人にして、操れるという点にあるわけだ。」
シキは考えをまとめながら言う。
「邪眼みたいに、あちらの世界とこちらの世界を簡単につなげられるとしたら。」
「あの悪夢が蘇るってわけじゃな。」

「いちようソニアとレパ……アイリーンとシーナに手紙を書いてみるよ。だだし、何か分かる可能性は低いよ。たぶん、あの頃赤月帝国は邪眼を持っていなかった。一騎討ちを好む地域だ。敵の主将を魚人にできるそれをウィンディが利用しないはずがない。」

「沢山の数の魚人を扱える訳でもないのにどういう使い方があるかと思ってたけど、そんな使い方があったのか。とりあえず、どこに出現するか確かめてからだな。」
そう、カイは締めくくった。

それから幾日か過ぎた。
いろいろと明らかになってきた事実があった。
どうもその魚人たちは魔術師に操られていた事、その魔術師は光る杖を持っていたことなどだ。

「ねぇ、魔術師って誰か泊まってる?」
すっかり仲良くなった宿屋の娘にシキは微笑みかけた。
娘は真っ赤になりながら、
「若い魔術師さんが今日お泊まりになりましたよ。何か相談でもあるのですか?」
と尋ねる。
「うん、ちょっとね。」
「もうすぐ、晩御飯を食べにいらっしゃるとは思いますよ。」
そう宿屋の娘が言った時、後ろの階段から誰が降りてくる気配がした。
「あ、ちょうどいらっしゃったようですよ。」
3人は思わず身構えながら振り返る。

「おや、久しぶりだのう。」
そう言って降りてきたのはシメオンだった。
シメオンもまた、魚人の噂を聞き付けここにやってきたのだった。
◇◆◇

それから何も手がかりがないまま、何日か過ぎた。
キリルのイライラは最高潮に達していた。
何回目になるかわからない、魚人を見た現場にシキ、カイ、シメオン、キリルの4人は来ていた。

しかし今日はいつもとは違う気配がした。
後ろから何かが忍び寄る。
4人が振り返ると10匹の魚人と木陰でよくは見えないが、光る杖を持った人らしき姿があった。魚人はあの頃よりみすぼらしかった。

キリル達は武器を構えた。

しかし、元が人だけに、戻れないとわかっていてもキリルは躊躇した。

「カイ、お願いできる?僕の紋章は裁きを与えるものだから。」
シキはカイの左手を指す。
「彼らは死にたがっている。」
感情のこもらない声でシキは言った。

カイは左手をあげた。
「我が身に宿りし罰の紋章よ、永遠なる許しを与えたまえ。」

その罰の紋章の力に魚人達は一匹、また一匹と倒れていく。

それを見送った後、気づけば魔術師は消えていた。

◇◆◇

「一つ、仮定があるんじゃが。」
シメオンは魚人たちを見ながら言った。
「魚人たちはお主と同じように150年生きてきたのではないか?」

「確かに服はあの頃、群島諸国で来ていたものに似ている。」
カイはボロボロになった服を見て言う。
「どういうことだ?」
「お主が異界の血を引き、今まで年をとることなく生きてきたように魚人に変化されたことにより150年生きてきたとしたら?」

キリルは押し黙った。

「たぶん、その仮説はあっているよ。」
一歩後ろに下がっていたシキは言う。

「ふむ、もう少し調査をする必要があるな。」
シメオンは彼らを土に返しながら言った。
4人は何が起きる予感がした。