温泉


カイは一人でモルド島の温泉に来ていた。
交易のためだったのだが、何となく温泉に入りたくなったのだった。

と、霧の奥に先客がいるようであった。

「失礼します。」
カイは丁寧に言ったが、くすくす、といった笑い声が返ってきたのだった。

奥にいる人物は自分より一つ二つ年下に見えた。
流れるような黒い髪と意志の強そうな黒い目が印象的だった。
それに、見覚えがある気がする。
カイはかけ湯をした後、湯船にゆっくり浸かった。
先にいた少年はひとしきり笑った後、カイに話しかけた。
「ごめん、笑ってしまって。でも、いいのかな、艦長さんがここにいて。」

その問いにカイは首をかしげる。自分は確かに艦長だが、オベル王国の小さな船を借りているに過ぎない。
仲間集めこそ任せられているが、たぶん、自分がいなくても普通に進むだろう。

「あ、まだ、だったかな?うん、気にしないで。あ、さっき笑ったこともね。」
先にいた少年はにっこり笑った。

その少年に違和感を覚える。
そう思ったときカイは何も考えずに質問を発していた。

「あなたのそれは偽りですか?」

他の人が聞いたら分からないであろうその言葉。
その言葉の意をカイの目の前にいた少年、シキはしっかりと受け取った。
そして嫣然と微笑んだ。

「よく分かったね。君はまったく面白いよ。私はシキ。」
「僕はカイと申します。」
カイは答えながらシキを観察した。
外見に似合わない大人びた口調。しかし、先ほどの違和感は消えている。
そしてじろじろ見ても気にしない鷹揚さ。

「あなたは、何、ですか?」

「うん、いい質問だね、名前なんて付けられたものでしかないからね。でも、生き物に何、と聞くことは無意味だよ。それはそれでしかない。」
カイは戸惑う。

「うん、君とはまた会えそうだ。」
そう言ってシキは温泉から上がった。
そこには無数の太刀傷が刻まれており、再びカイの頭を悩ませたのだった。

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