始まりの始まり
「ボクはボクだよね。マクドール家の嫡男でも、将軍の息子でもない、ボクはボクだよね。」
そう言った、ユイの言葉にテッドはただ頷いた。
それが、ユイにとってどれだけ救いになるか分からずに。
テッドがその意味を知るのはもっと後になってからだった。
◇◆◇
「ユイ、お前だけでも逃げてくれ。」
別れ際に言ったその言葉。その言葉にユイが傷ついたことをテッドは知らなかった。
気づいたのは再会のときだった。
◇◆◇
ユイはおとなしい少年だった。
誰が聞いてもそう答えるだろう。
いたって普通の少年で、そして少しはにかみ屋だった。
フッチや、ルックにあったときも。
「ヨロシクお願いしますね、フッチ君。ブラック君。」
ユイは育ちのよさそうな笑顔でそう二人に言った。
「まったく、お前はたらしだな。」
とはテッドの弁だった。
それほどまでにユイは柔らかく包むような雰囲気を持っていた。
いきなりクレイドールを放ったルックにも
「レックナートさまのところまで、案内してくれますか?」
と丁寧に言ったのだった。
こっそり、たらし、というテッドの声が聞こえたが、ユイは無視することにした。
◇◆◇
それからいろいろなことがあった。
だから、ユイは、かわらなければ、いけなかった。
変わりたくなんてなかったのに。
◇◆◇
ビクトールと会った時にはユイは変わっていた。
ユイは明るくて活発なガキになっていた。
マリーの宿で隠れているときのことだった。ユイは我慢ができなくなって外に駆け出し、兵士とぶち当たった。
兵士はユイを脅すように言った。
「おい、お前、マクドール家のガキに似ているな。」
「うるさいな、マヌケ。」
ユイは眼をつけて言った。もちろんなまいきなガキの顔をしてだ。
もちろんその兵士は怒った。
「おいおいおい、そこの男前さん、そんな子供にやつ当たりなんざぁしてないで、酒、飲みませんか。先ほどここの女将さんがいい酒入ったって言ってましたよ。」
まぁまぁまぁと、割って入ったのは熊のような男だった。
男は男前といわれたことに気をよくして、マリーに酒を頼む。マリーもタイミングよく酒を注ぐ。
「こいつはきつーく俺が絞っておきますからね。」
そう言ってビクトールはユイをがしっとつかみ、外に連れ出したのだった。
外はまだ雨が降り続いていた。グレックミンスターの城はどこか闇に囲まれている気配がするようであった。
「礼は言わないよ。」
開口一番ユイが言ったのはその言葉だった。
「あんな弱っちおやつ、僕の敵じゃないよ。」
ユイは生意気だった。ビクトールは笑いながら、それでも少年を観察しながら言った。
「ははは、でも、お前がマクドール家の嫡男なんだろ。」
ユイは舌を出してと笑った。顔色は一切変えなかった。
「やっぱり気が付いていたか。熊にしては聡いな。でも、君は僕にやらせたいことがありそうだ。」
ユイは余裕の笑みで言った。
「ちっ、気づいていやがったか。にしても誰が熊、だってぇ?」
そう言いつつ、ビクトールはユイをオデッサにあわせる気になっていた。
この、年のわりには人を見る目がある少年を。
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