無知


オデッサとユイが初めて出会ったのは貴族間の確か王宮で開かれたパーティだった。
まだ、彼は3歳ぐらいの子供だった。普段は覚えられない貴族たちの顔の中で、なぜかユイだけの顔だけは覚えていた。
何回顔をあわしたものの、ユイとオデッサが話したのは一回だけ。それもオデッサが解放軍を始めるきっかけとなる事件が起こる一ヶ月前のパーティの席でだった。

オデッサもユイも貴族のパーティは嫌いだったから、めったに出ることはなかったのだが、その時は婚約者と結婚の報告があったので王宮のパーティに出たのだった。
そこにははっきりとした線が引かれていた。
まずは落ちぶれた貴族や下級の貴族たち。
奥に入っていくにつれて、上級貴族や戦争で功績をたてた将などがいる。
そして最も奥には国王と五将軍、そしてその身内。そして代々軍師を勤めていたシルバーク家がいた。オデッサの彼はここに来ることはできない。いくら婚約者でもだ。そしてオデッサは結婚してもここに来ることができる。赤月帝国における貴族階級の明確な線引きだった。

ユイは最奥のこの場でたった一人だけの子供だった。まだ、8、9歳ぐらいだろう。オデッサ自身、20歳でこの中ではユイの次に若い。オデッサには年が近いソニアいる。しかし、彼は一人だった。
「どうかいたしましたか?僕のほうをじっと見つめていらっしゃいましたが。」
丁寧に尋ねるユイの声。オデッサは自分がユイの顔を凝視していたことに気づいた。
どこか大人びた顔をしたユイは、敬語を自然に使っていた。

「あら、ごめんなさい。一人で寂しそうだったから。」
「いえ、気を使っていただき、ありがとうございます。」
「ねぇ、同じくらいの年の子とは遊ばないの?」
そうオデッサが聞くとユイは困った顔をした。
「何を話してよいのか分かりませんので。」
そういったユイの目はさびしそうだった。だからオデッサはユイの手をとった。
そして上級貴族の間にぐいぐいと入って行く。ユイは引きずられた。

適当に見つけたユイと同じぐらいの年頃の遊んでいる少年たちに、オデッサは声をかける。
「ねぇ、この子と一緒に遊んであげてくれない?」
少年たちは驚いた。
「あ、え、分かったじゃなくて分かりました。た、確か、そいつは、あ、そちらの方はユイ様ですよね、テオ様のお子さんの。」
「え、ぇーっと、ユイ様、何しますか?」
少年たちは慌てて使い慣れない敬語を使う。オデッサは失敗したと思った。
「君たちは何してたの?」
ユイはオデッサをフォローするために声をかける。
「あ、僕たちは、えぇ〜っと。」
少年はまさかいたずらしていたとは言えなくて黙り込んでしまった。
ユイは微笑む。
「あまり、人に迷惑かけちゃだめだよ。」
そう言ってユイはオデッサをエスコートしてそこから離れた。
その間にもユイとオデッサはいろいろな人から声をかけられる。そのほとんどはこちらの顔色を伺い、下手に出てくる。
そしてユイはそれを適当にかわしていく。
こちらの顔色しか見ない、そんな人間が貴族たちに多いのは知っていた。一般市民を人とは思わず、自分より身分が高いものにはへつらうそんな人間が多いことは。
ただ、子供がユイにへつらっていたことにオデッサはショックを受けていた。
それに慣れきっていたユイにも。この国の狂い具合が見えた気がした。

自分にはソニアがいた。だからあまり気にならなかった。
帝国五将軍やその家族のは人格ができているほうだということを再認識させられた。
この国が好きだった。だから、この国のあり方が嫌いだった。

ユイが連れていったたのは、オデッサの婚約者のところだった。
オデッサ自身は呆然としていたが、最後にユイが婚約者に向かって気をつけてくださいね、と言ったのだけが気になった。

その後、ユイがユイよりかなり幼い子と共に無邪気に遊んでいるところやアレン、グレンシールに話しているところを何度か見かけた。
何度、気をつけてくださいね、の意味を問おうと思ったかわからない。ただ、先ほどのことがあったせいでオデッサはユイに話しかけることはできなかった。

オデッサの婚約者が反逆罪の罪で処刑されたのはその一ヵ月後だった。
結婚は許された。叔父や兄は反対したのだが。ただ、その結婚式は処刑台の前で行われた。
そして、初めて赤月帝国に逆らった。
彼を助けたかった、それもあるけれども、この国のあり方が嫌だった。
花嫁姿のオデッサは血にまみれ、白いドレスが真っ赤に変わっていた。
しかし、彼は死んでしまったのだった。
赤く染まったウェディングドレスは結局、捨てられないままであった。

◇◆◇

「どうかいたしましたか?」
それはあの時と同じ言葉。しかしここはサラディの宿だった。
「あの時と同じことを言うのね。」
そうオデッサは言った。
「あの時の事を思いだしていた様なので。」
そう言って、ユイは微笑んだ。
「彼のことを知っていたの?」
それはあの頃、問えなかった言葉。
「下町で会ったんです。よく服を練習着に着替えて下町に行ってたんですよ。そして、あの人が匿ったり資金援助していることも知ってました。」
その言葉にオデッサは目をつぶる。どれだけその時の自分は無知だったか。
「知ったんでしょ?そしてこれから知っていくんでしょ?」
まるで見越したようなユイの言葉。これも貴族同士の付き合いの中で培われたものなのか。そういえば、盗人酒で唯一ユイだけは倒れなかったのだ。不審に思い、少量しか飲まなかったのもあるが、毒を飲みなれていた。
「そうね、これからよね。」
「本当にあなたは強いですね。」
オデッサは首を振った。自分は弱い。ユイはそれを穏やかな目で見ていた。オデッサは、一つ思いついた。
「敬語もいいけどね、ためで話してくれるあなたにも会いたいわ。ここは王宮じゃないんですから。それともいや?」
「ううん、嫌じゃない。」
そう言って無邪気に笑う姿は王宮で幼い子どもたちと遊んでいるときと同じだった。

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