雨上がり


テッドはノアによって町を案内されていた。
ここがマリーの宿屋、ここが紋章屋というふうに。
ノアは人気者だった。そこらかしこの人と手を振り、笑いあう。
「お前、いつもこうなのか?」
人がいなくなったところで黙ってノアについてきたテッドが初めて口を開いた。
「お前じゃなくて、ノア。テッドは人と話すの嫌い?怖がらなくても大丈夫だよ。」
テッドは息を呑む。こんな短い期間で人と付き合うことが怖い、ということをばれるのは初めてだった。

そこは汚い裏道。そこにもノアはずいずい入って行く。
「ここからは、絶対、ノア、って呼んでね。」
「とんだ火遊びをしているとやばいからか?」
いつもは初対面相手にこんな物言いはしない。ただ、ノアに、いい加減カチンときたのだった。
久しぶり、だった。負の感情とはいえ、感情を表に出すことは。
「グレミオは心配性だからねぇ。でも、父やお師匠様は僕がどうしていようがそれは僕の自己責任だから、とやかくは言わない、そう言うよ。マクドール家の嫡男だといろいろあるからね。僕はただ、この街を見ていたいんだ。」
テッドは目の前の少年から自己責任、と言う意味が出てきて驚いた。この年頃で、ましてや貴族だ。
「うん、裏道はちょっと危険だけど、安いものもあるから。多分、テッドにはこっちの方が気安いんじゃない?」
そう言ってノアは歩き出す。

そこはノアの庭のようだった。ノアは迷いもなく町を進んでいく。
「変な奴。」
「君もじゃん。」
思わず漏らしたテッドの言葉にノアはそう言い返す。その言葉にテッドは噴出してしまった。
久しぶり、だった。笑ったのは。ノアの感情がくるくる変わるのにつられたのだろう。
「ひど、笑うことないじゃん。」
「わりい、わりい。」
そうテッドは言うが、笑いは抑えられない。
久しぶりに笑った反動で、感情が止まらなくなったようだった。

最後にノアとテッドは町を出た。
そこはグレックミンスターを見下ろす位置にある、丘。
夕日がグレックミンスターを赤く染めていた。
「きれいだな。」
きれいなものをきれいと思うことも長い間、忘れてきたように思う。
多分、あの時笑った瞬間、そういった思いも戻ってきたのだろう。
「きれい、か。そうだと思う?」
そのノアの言葉にテッドは首をかしげる。
「だから連れてきたんじゃないのか?」
「そうだよ。でも、きれいって自身が決めることだから。僕はきれいとは、あまり思わないかな?僕はそういうものだから。」
「はあ?どういうことだよ?感情がねぇわけでもないんだろ?」
「僕は片割れだから。きれいとか好きとかは分からないんだ。後、悔しいとかも。僕が分かるのは悲しいとか疲れたとかそんな感情。僕はテッドの口からきれい、と言う言葉が聞けてよかったと思うよ。」
「訳がわからねぇが、まぁ、お前、いや、ノアには感謝、かもな。」
「ノアじゃないよ。僕はユイ。」
「え???」
テッドは疑問符を並べる。
それはユイが行こう、と言っても続いていた。

帰りの道すがら、ノアはテッドに言った。
「すごいね、ユイに気に入られるってことはめったにないんだよ。君にありがとうを言わなきゃいけないね。ユイに感情をくれた。」
その言葉をテッドは考えていた。どう考えても答えは一つだった。
「お前たちは・・・」
「うん、僕には二つの人格がある。記憶とか全部共有してるから気づかれることはめったにないけど。でも、僕は君に知ってほしかったんだ。だからユイに頼み込んで出てもらったんだ。」
「なんで、俺、なんだ?」
「僕にも分からないよ。ただそれが感情だろ?僕はユイと君がそれを思い出してくれてよかったと思うよ。」
何となくテッドはノアには敵わない、と思ったのだった。



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