根源なるもの
笑えないものの方が狂っているのか。
それとも泣かないものの方が狂っているのか。
「マッシュは覚えていて。」
岸に着いたときノアは言った。もしかしたらユイ、だったのかもしれない。
「分かりました。」
マッシュはただ、それだけを答えた。
その時から、マッシュは危険な戦場へ行くことは少なくなった。
◇◆◇
空は重い曇天だった。これからの負けを示すかのように本拠地の空気は暗く、重い。
ユイは目を閉じたまま顔を空に向けていた。
明日にはテオ・マクドールの軍隊と戦わなければならない。
そして、それは必ず負け戦になる。
そして、時間稼ぎをした後の戦いは・・・・。
と、そこにマッシュが近づいてくる気配がした。
「こんなところにおられましたか。」
昨日と変わらない声。
ふと、昨日のことは嘘だったか、と思うけれども、妹のノアの気配がないことで自分に真実だと認識させる。
この罪は自分のものだ、と。
「ノア様はどうして生まれてきたのですか?」
それはぶしつけとも言える、もう一人絵の自分への質問。
「ノアが生まれてきたんじゃない。僕が生まれたんだ。ノアは僕に名をくれた。」
ユイはそう言った。
大人のような凪いだ目をノアはよくする。ユイはいつも微笑んでいる目だったが、今日はノアのような凪いだ目だった。
「僕は、母の期待にこたえるために生まれた。」
そして口を噤む。これ以上言ってもいいのか迷っている素振りをみせていた。
「詳しく言うのはノアがつらいから言えないけど、母がいなくなって僕は用済みになったはずだった。」
ユイはにっこり微笑む。
「ノアは優しいから、僕が残る道を残してくれた。ただ、今は忙しくて、だから、僕は不必要になってきただけ。」
「でもあなたはユイ様ではないのですか?」
マッシュが何を言いたいのか分からなくてユイは首をかしげる。
「私が必要と感じたのはユイ様だけでも、ノア様だけでもありません。」
そのマッシュの言葉にユイは嫣然と微笑むのだった。
「ありがとう。」
その言葉と共に。
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