別れと旅立ち



ノアはグレックミンスターの空中庭園へ向かった。
一番、ノアがなついていた相手は、意外なことにバルバロッサ・ルーグナーである。
なにも話すこともなく、ただ傍にいた。

互いに孤独だった。
そして、お互いに話かけることで、自らの呪いが相手におよぶことを怯えていた。

そのことを誰に言うこともなく、ノアとバルバロッサは相対した。
空中庭園は、花も、風も、同じであるのに、ノアとバルバロッサだけが違ってしまった。
同じように国を思い、お互いを思っていたと思ったのは幻想だったのだろうか?

そして、バルバロッサは空中庭園と共に散っていってしまった。
何も、残らなかった。

◇◆◇

「約束、守れそうにありませんね。」
一方的な約束だったけれど、マッシュはユイとノアと共に旅に出たかったのだ。
「私は正しかったのでしょうか?」
その答えは出ないことをマッシュは知っていた。

そして、静かに息を引き取った。

「マッシュ。」

いけないことだと分かっていても、ノアは、いやレンは呟いていた。
あくまで、自分の力を使うために。
レンが名前を呼ぶ、それが、魂を捕える。
自分をレンだと自覚しない限り、魂を捕らないと自分で決めた。
マッシュの魂は、レンの右手へと吸い込まれていった。

「お前に預けるだけだ。」
レンは右手のソールイーターに言った。

浅ましい。
ソールイーターがなくとも、自分は魂を摘みとっていた。
今となってはソールイーターが盗るか自分が捕えるかの違いだ。

「リュウカン、そなたに礼を言わなくてはな。」
「マッシュ殿は…。」
「私は多分、誰よりもマッシュを知っている。」
そう言ってリュウカンの言葉をさえぎる。

「マッシュについていてくれて、答えを出してくれて、ありがとう。僕にはできなかったことだ。」
マッシュの魂が聞いたことをノアもマッシュを通して聞いていた。

「マッシュ殿、やすらかにお眠りください、あなたは多くのことを成し遂げてきたのですから。」
ノアにはいえなかった。

「でも、生きていて欲しいと願うことは許されないんだろうか?」
どうにもならないこととは分かりながらノアは呟いた。
誰よりも国を思っていたのは、マッシュだった。
誰も彼を止められなかった。

◇◆◇

そうして、別れがやってきた。

たった一人、ノアは立っていた。
一人で立っていても、ユイがいつも傍にいた。

「ノア、ごめんね。」
相変わらず、ユイは優しい。自分のわがままで、引き止めてしまったというのに。
「ありがとう。」
ノアは何も返せなかった。
返せるものは何もなかった。
もらうばかりで、何も返せなかった。

自分は壊れていたから。
「ノアは壊れていないよ。ノアは優しいから、壊れたフリをしているんだ。」
今も優しい言葉をユイはくれる。

「またね。」
またはないと分かっていても、またね、とユイは言う。
ノアはこっくりと頷いた。

ユイの魂が、ノアの体から抜け、ソールイーターに吸い込まれようとしている。
ノアは思わず手を伸ばした。
ユイを押しとどめたい気持ちと、見送らなければならない、という気持ちがないまぜになる。

強固な意志を持って、ノアは手を下ろした。
胸に痛みが走った。
気がつかないフリをした。

ノアの目から、一粒、また、一粒と涙が出る。

感情が抑えきれなかった。
ユイがいなくなることが純粋に悲しかった。
たった一人、立つのは淋しかった。

「ノアとレンははもっとわがままになっていいと思うよ。」
優しく、ユイは言った。
その言葉に思わず縋った。

「なら、いかないで。」
ノアは、レンは、叫んでいた。
でも、ユイは、首を振った。

そして、ソールイーターの中へ、消えてしまった。

ユイが存在していたことは何も残らなかった。
それが、悔しかった。悲しかった。どうしようもなくて、自分に腹が立った。

押さえ切れない涙が嗚咽と共にあふれた。
ユイは崩れるようにして倒れたのだった。

◇◆◇

ノアは旅に出る準備をした。
後ろには、グレミオがいたが、撒く気ではいた。
それでも、強く出れないのは、彼がユイのことを覚えている唯一の人間だからだろう。

オデッサの望みも、父の望みも、テッドの望みも、ユイの望みも果たした。
後は、マッシュの夢だった。

「私は英雄でなければ、ならない。」
死ねなかった英雄ならば、消えるだけだ。

トランはトランの民のものになるべきだった。
何か、あったときにだけ、英雄として手を貸せばいい。

再び戦乱が起こるまで、ノアはその身を隠すことにしたのだった。




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