狂気


燃やされ、灰になった村のあと。あるのは瓦礫と死体のみだった。
ある目的を持ってやってきたシキは人の気配を感じ、廃墟と化した村にある小さな家に入っていった。
その家の中で、少年がずたずたに切り裂かれた死体を前にたたずんでいた。目には何も浮かんでいなかった。
シキは目の前にいるその少年に手を差しのべた。
少年は動かなかった。
シキは彼の手を強引にとって、歩き出した。

最初は無言で歩いていたが、次第にぽつり、ぽつり、と少年は話し出した。
少年はたまたま親と喧嘩し、家を飛び出した。
戻ってくると、あったのは破壊された家々と死体の山だった。
そんなことを感情もなく、ただ、口が動くがままに少年は話していた。

少年とシキはしばらくして、村にぶち当たった。
その村には誰もいなかった。ルカが南下してきている、しかも隣村が襲われたらしい、と聞いて逃げ去ったようだった。
少年はその何も動くものがいない村を見て足を止めた。そして、動こうとしなくなった。
「しょうがないな、ここで宿を取るか。」
シキは少年を引きずった。先に行こうとしてもまったく動こうとしなかった少年は、ためらいながらも村へ入っていった。

その夜、たくさんの兵がシキと少年が滞在している誰もいない村にやってくる気配がした。
「軍隊がやってくるみたいだが。どうする?」
シキは少年に尋ねた。少年はうつむいたまま答えない。
まぁ、何とかなるか、とシキはベットに寝転んだ。

ルカがこの村に来てまず思ったことはつまらぬ、と言うことだった。住人は逃げてしまい、人の姿はない。
ルカはずかずかと村の奥に単独で入っていった。宿屋らしいところに人の気配がし、ルカは部下に何も言わず、その家に入っていった。
「ここに逃げ遅れた豚がいるようだな。」
そういいながらルカは奥の部屋へと入っていった。
「ふん。」
そういって扉を開けたとき、ルカの喉元に棍が突きつけられた。
「相変わらず弱いね、ルカ。それで、答えは見つかったかい?」
やっとのことで、追いついてきたルカの兵たちは凍ってしまった。あまりにも異質な空間がそこにはあった。

「相変わらず、狂気と慈悲に満ちた目をしている。」
ルカはシキの目をじっと見ながら言った。
「貴様も相変わらず狂気に満ちた目をしている。そして復讐に満ちた目も。にしては弱いね。あの時もお前は負けた。」
そう言って、シキもどこか狂ったような目でルカを見る。
ルカが普通の人なら怯えたであろう。しかし、あいにくルカは異常な人種だった。
後ろでルカの部下たちは凍っていた。
「しばらく俺の元にいろ。」
シキは鼻で笑った。
「ずいぶん勝手な皇子様だね。私は貴様のことが嫌いなんだよ。ここで、貴様の首を取りたいぐらいだ。しかし、それでは根本的な解決にならない、だから見逃してやるんだ。」
「ふん。」
シキとルカは同じように狂気に満ちている。しかし、慈悲を持つシキと復讐の心を持つルカとは決して相容れなかった。

「君はどうする?」
シキは少年に聞いた。
少年はシキの手をぎゅっとつかんだ。そして、何か言いたそうにシキを見上げる。
シキは少年の意を、正確に汲み取った。
「彼は君の敵だよ。」
「いい。」
少年はそういってシキの手をますますぎゅっと握った。
「というわけで、ルカ、この子のこと頼むよ。」
シキはルカににっこり笑っていった。
少年は分かっていた。いつか、シキは自分をおいていくだろうことに。ここか、次の村に。
少年はシキと離れたくなかったけれど、それはできないことだと悟った。シキはすべてのものを拒絶していた。
そして、少年は選んだ。自分の村を滅ぼしたルカの元にいることを。

◇◆◇

ねぇ、ルカ?君は人を殺すの?

無邪気にシキは聞く。しかしその目は笑っていない。

「そうだとしたらどうする?」

「どうもしないよ。」
くすくすとさもおかしそうにシキは笑う。

「何がおかしい?」
「何も。」
シキはそれでも笑い続ける。

「君はそれを終えた時どうするのだろうね。」
その答えはなかった。
「次までに答えを考えときなよ。」

そしてその後すぐ、トラン解放戦争が始まったのだった。

◇◆◇

シキがルカの元から立ち去り、戦争が激化していった。
その中で、ルカの父、アガレスはルカとジョウイの姦計によって死んだのだった。
その夜、シキはルカを訪ねた。
「お前は復讐を終えた。これから、何をするんだ?そして、何が残っているんだ?」
「すべてを壊す。神なぞいらぬ。俺が望むのはそれだけだ。」
そのルカの言葉にシキは強い不快感を覚えた。
「今ここで、貴様を殺してもいいが、私の右手がお前がもう少しで死ぬことを告げているからわざわざ私が手を下すまでもあるまい。」
そう言って、シキは部屋を出た。永遠にルカとシキは分かり合えないであろうことは明白だった。

◇◆◇

やがて、ルカの軍にシキが手を差しのべた少年は入った。彼はルカの身の回りの世話をするようになった。
その少年も狂気をどこかに持っていた。

ルカはある日ジョウイの策により死んだ。
こうなることはシキの目には明白だった。
ルカをかばった兵の中にシキが手を差しのべた少年がいた。

シキはそれをじっと見ていた。
そして薄く笑った。
悲しむことを自分に禁じた。涙が出ない代わりに、いつしか笑みが唇に乗っていた。
そして、悲しむことができない代わりに、あの少年とルカに向かって笑うことで手向けとした。



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