運命の導くままに



坊→ティル 2主→リオウ 4主→カイ 

都市同盟に広がる、深い森。葉のざわめく音ばかりがして、不安になるような森。
そして、戦争の血のにおいがする地、だった。
極力、きな臭い匂いのしないほうへ、カイは向かっていた。

だから、きな臭い匂いがしない子供に、最初は気づかなかった。
子供もまた、カイのことに気がつかず、ばったり出会ったのだろう。その子供は驚いた顔をしていた。

子供は、ぼろぼろの服を着て、体に無数の細かな傷を負っていた。そして、気配を消して、じっとカイの方を見ていた。
いつでも逃げられるようにしていながら。

カイは、ほっとけなくて、なんとなく、子供の方へ歩み寄った。
子供は、ジリ、ジリッと後ずさる。
その姿は、手負いの獣を髣髴とさせる。

どちらにしろ、怪我を負ったまま何者からか、逃げている子供をほって置く気はカイにはない。

カイは地面を蹴って子供の方へ近づき、そしてその手をつかんだ。
子供は逃げようとしたが、カイには速さからしてかなわない。
一瞬、おびえた顔を子供はしたが次に、唇を引き結び、睨み付けてきた。

気丈な子供だ、そう思いながら、カイはその子供に流水の紋章を使って、傷を癒した。
子供は驚いた顔をした。

「他に痛いところは無いか?」
子供はうなずいた。
「ありがとうございます。」
それは、子供がするには、あまりに冷たく固い声だった。

「家は、どこだい?」
カイの質問にその子供はかぶりを振った。
そして、口を再び引き結ぶ。

「僕は、見ての通り、この国の人間じゃない。まぁ、気ままに旅をしている。行く当ても無いし、送っていこうか?」
「いえ、傷を癒してくださったのはありがたいのですが、そこまで迷惑をかけるわけにはいきません。それに、追われている身ですし。」
子供は、あまりにも冷めて、大人のような言い方をしていた。
ただ、言い回しが上品なことから、貴族かな、とカイは検討をつけた。

「いいって。こんな子供を傷つけようとするやからも許せないしな。」
そう言って、カイは子供を抱き上げた。子供はもがくが逃げ出せない。

「とりあえず、安全なところに行くか。」
当てはなかったが、とりあえず、カイは歩き出した。

◇◆◇

テッドは、真の紋章の話を聞くためにゲンカクの家にいた。
リオウ、ナナミの二人が、遠巻きにしながらこっちを見ていた。

「リオウ、ナナミ、少し話があるから外で遊んできなさい。ジョウイ君も待っているだろう。」
「はーい。」
少し名残惜しそうにしながらも出て行った二人は夕飯の時間になっても帰ってこなかった。
そして、誰かよく分からない人にリオウとナナミが連れて行かれた、とぼろぼろになりながらジョウイが帰ってきたのだった。

◇◆◇

カイと子供は森を無事に抜け、町をの外れを歩いていた。
「兄さん、兄さん、そんなちっちゃい子供と、一緒にいたら危ないよ。今、なんだか知らないけど、子供に気が立ってるからねぇ。」
たまたま入った酒場で、カイは女将に注された。
「えぇ、気をつけます。何かあったんですか?」
「なんか、子供を捜しているようだよ。黒目黒髪の少年。それから、茶色い紙と茶色い目の少年と少女。だいたいみんな、その子ぐらいの年らしいわ。」
「なぜ、探しているんでしょうね?」
「さぁ、でも柄悪い人たちだったし、人質でも取ってたんじゃないかしら?」
その時、子供がびくり、と一瞬したのをカイは見逃さなかった。

「さて、出ようか。」
女将に礼を言い、カイは子供に声をかけた。子供はあきらめたのかおとなしくついてくる。

「ちょっと、兄ちゃん、顔貸しな。いや、兄ちゃんはいいか。俺らが用あるのはそこのガキだよ。」
そう言って、柄の悪い男たちが5人ほど入ってきた。

「なにするんだい、こんな子供に。」
女将が声を上げる。

「こいつは、あのテオ・マクドールの子供だよ。」
その言葉にあたりは騒然となる。ここは都市同盟領。赤月帝国の将軍であるテオ・マクドールは敵なのだ。

ようやく、カイにその子供がおとなしくしていたわけが分かった。
騒がれて困るのはこの子供なのだ、と。

「突破するぞ。」
カイはその子供、ティル・マクドールに声をかけた。

◇◆◇

「そう、あせりさんな。」
ゲンカクはテッドとジョウイに言った。
「どうやら、普通の人攫いとは違い、目的を持っているようじゃ。ならば、交渉を持ちかけてくるはずじゃ。」
ナナミとリオウが攫われて、不安であるはずが無い。それでも、ゲンカクは目の前で不安そうにしているテッドとジョウイに安心感を与えるため、どっしりと構えていた。

ここで待つのが一番確かだ、といったゲンカクにテッドはなんとなく、都市同盟に行けない事情があるらしいことを察した。
「では俺はこれで。」
「ふむ、お騒がせしてすまなかったな。」
これで帰るといったテッドをなじることもせず、ゲンカクはテッドを送り出す。
「いえ、俺が押しかけてきただけですし。」
「これからどこへ?」
「気の向くままってやつですかね。」
ゲンカクの屋敷を辞した後、テッドの足は都市同盟へと向かっていた。

◇◆◇

ティルとカイの前に立ちはだかった男たちは剣を引き抜いた。
それにあわせて、カイも二つの剣のうち片方だけ引き抜く。もう片方の手はティルを掴んだままである。
「剣を引いたということはそれなりの覚悟があるんだろうな。」
カイの底冷えのする声が重く響く。
その迫力に男たちはびびった。

カイはティルと手をつないだまま進む。男たちははっとして、彼に剣を向けた。

その一瞬後、飛び散ったのはその男たちの血だった。
剣を持った手が切り裂かれて、カランと剣を落ちる。
男たちはそれ以上、身動きができなかった。

「お兄さん、物好きな人だね。」
ティルはカイに向かって言った。
「なら、お前はあそこで捕まりたかったのか?」
「そう言うわけじゃないけどね。」
ティルはため息をついた。

「何があったんだ?」
「人攫いに攫われそうになっただけ。後は、まぁ、聞いたとおり。」
「それにしては町に入るとき何も言わなかったようだが。」

その時だ、二人の子供の声がした。
「あーー、無事だったんだ。」
「よかった!!」
そう言って二人、ナナミとリオウはティルに抱きついた。

「まったく、逃げろって言ったのに。」
ティルはあきれたように言う。
「こいつらは?」
「一緒に捕まってた奴ら。北へ逃げろって言ったのに。」
「だって、だって、心配したんだから。」
「そうだよ、見つかって、一番後ろ走ってて、いなくなってて、びっくりした。」
「それに北なんて分からないもん。」
ナナミとリオウはティルに引っ付いたままだ。

「つまりだ、逃げようとして、見つかって、こいつが囮になったってわけか。」
「囮ってか、一番後ろを走ってただけだよ。」
「それで、森に逃げ込んで、しかもその後、こいつらに追っ手が行かないよう町に戻ったってわけか。」
ティルは答えない。
それが答えを表していた。

ぎゅるるるるるるるるるるる
盛大な音がした。みると、ナナミとリオウが真っ赤になっていた。
腹の虫がなったようだった。

「まずは腹ごしらえかな。」
選んだのは饅頭屋だった。

◇◆◇

テッドは不思議なうわさを聞いた。
いや、不思議っつうか、身に覚えがあるというか・・・・。

「饅頭の店を占領して大量に饅頭を食っているやつがいる。その数は尋常ではなく、見ていて吐き気がするほどである。」と
とある、一人の少年のことを思い出していた。
ゲンカクに聞いて、その少年が最近この辺に来ているらしいことを知っていた。

一人でゲンカクの養子を探すのにも無理がある。
だめもとでその饅頭屋へとテッドは向かった。



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