思いのカケラ



坊ちゃん→ティル
「ティルさん、お久しぶりです。」
フッチはティルに挨拶した。
ティルは変わっておらず、まるであの頃のようだった。
でも、フッチはティルのことを見下げていて、やっぱりあの頃とは違っていた。

◇◆◇

解放軍、がまだオデッサのものだった頃。
大切なものを失うという悲しみなんて知らなくて、平穏な今が続くと無意識に信じていた。
たった一瞬のすれ違いになるはずだった。シキとテッドとフッチとブラックは知り合った。
互いに親友はいたが、親友には遠く及ばなかったが、それでもかけがえのない友達になった。

そして、再会してすぐ。
お互い、親友を亡くしたのだった。

すすり泣き続けるフッチに、ミリアは言ったのだった。
「あなただけが、悲しい思いをしているのではないわ。シキ殿もまた、親友を失ったのよ。」
ミリアにしてみれば、ただ、泣き止んで欲しいのだという思いで言った言葉だったのだろうけど、フッチには衝撃的だった。
親友だけでなく、友も一度に失ったのだ。

呆然としてティルに顔を向けると、悲しそうな笑みで笑うだけだった。
「テッド、が?」
かすれて震える声。

「うん、テッドが死んだんだ。」

その事実にフッチは泣きそうになった。

「口が悪くて、いけずで・・・・。でも、でも、」
「うん。あいつの友達でいてくれてありがとう。」
ティルはやっぱり悲しそうに笑った。
「ブラックのこと、悲しんでくれてありがとう。」
フッチは泣き笑いの顔で返事をした。

あぁ、ティルは泣けないんだな、そうフッチは思った。
フッチは、その日から、泣くのを辞めた。

◇ ◆ ◇

そうしてフッチは解放軍に入った。普通ならば下っ端なんだろうけど、あまり雑用はせず、なぜかティルと一緒にいることが多かった。
マッシュの計らいだった、と聞いたのは同盟軍時代、ビクトールに会ったときだった。

フッチとティルは一番似ていた。親友がいて、親友をなくして、皇帝陛下を尊敬していた。
だからつい、フッチは漏らしてしまった。

「皇帝ってそんなに悪いのかな?」

「悪い、とはいえないね。それがただの一人の人ならば。」
否定されると思っていたので、フッチは驚いた。最近、ティルはフッチの前でも軍主の顔をしていた。

「操られたりしてないかな?」
「していないよ。皇帝は覇王の紋章を持っているから。」
フッチは精神的に沈み込む。
「どうしたの、急に?」
「空中庭園に行ったことを思い出して。あの人は悪い人じゃなかった。」
「そうだろうね。」
フッチはティルを見上げる。ティルは大きな手でバルバロッサ皇帝陛下に大きな手で頭をなでられたことを思い出していた。
「なら、なんで?」
「彼は大きな力を持っているから。大きな力を持っているってことはそれだけの責任を持たなくてはいけない。なぜ、竜騎士団には多くの規律がある?それは、竜という大きな力に対する責任を負うためだ。」
「・・・・・・・」
「ま、どう捉えるかは本人次第だけどね。」
フッチは話を変えることにした。

「あの、ティルもさ、責任を感じているの?解放軍のリーダーとしてさ。」
右手のことは教えてなかったはず、とティル少し驚いたが、フッチの後半の言葉に解放軍のことを大きな力といっているのがわかり、ほっとした。
「責任はいつも感じている。だからこそ、感じる。間違っていたとしても、前に進むしかないときがあるって。」
フッチは、ティルの本音を聞いた気がして少し驚いた。

「僕に何かできる?僕も、竜騎士だ。責任は負えるよ。」
「人には人の役割がある。例えば、フッチ、君はいつも僕の心を和ませてくれる。そして、悩みを断ち切らせてくれる。君にしかできないことだよ。僕とて、人だからね。そういう君みたいな友達が必要なんだよ。」
にっこりティルに微笑まれてフッチは真っ赤になった。

「僕も、友達としてティルがいてよかった。」
少し照れながら、それでもはっきりとフッチは言ったのだった。
「責任を負うのは僕の役目だ。だから、最後まで友達として傍にいて欲しい。」
「わかった。」
そんなことしかできない自分が歯がゆかったけれども、それでも自分にしかできないとわかっていたから、フッチは頷いた。

トラン開放戦争は終わった。フッチは生き残った。

◇◆◇

テッドとブラックが死んだ日は、それぞれ一人で親友のことを想い、友人のことを思う。

ただ、解放軍が勝利した日。
それは、皇帝バルバロッサとウィンディが亡くなった日。
許されないことかもしれないけれど、二人はこっそりと鎮魂を捧げたのだった。



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