先への序章


海の波の音がざわめく。
甲板の上をゲオルグはゆっくり歩んでいた。
ゲオルグはオベルに雇われていた。そこそこ、支払いはよい。
問題は海の上での戦いを知らないこと、そして、波に少し酔っていることだった。

そんな中、声がした。

「お前がこの国を出ると言ったから手伝ってやるんだろうが。」
「まったく、テオは真面目だな。」
「お前がいいかげんすぎるんだ。」
「で、そこで聞耳立てている奴出てきたらどうだ?」
テオと言い合いをしていたフェリドは死角になっている、ゲオルグのいる場所を見つめて言った。

ゲオルグは、観念して荷の後ろからでた。
「ガキか。」
テオが呆れながら言った。
フェリドやテオから見て、ゲオルグは10を少しだけ過ぎたばかりのガキだった。
フェリドやテオ自身もまだ10代ではあったのだが。

ゲオルグは言い返したかったが、自分がまだ子供の分類に入れられるということは分かっている。
言い返すことができなかった。

「まあ、ガキだからここに配属されたとはいえるがな。俺はフェリド・イーガン。お前の名は?」
フェリドは腕を組んだまま、尋ねる。
「ゲオルグ・プライム。」
「俺はテオ・マクドールだ。」
ゲオルグは、フェリドと名乗った男は、雇主である、スカルドに似ている気がした。
それに、確か雇主の名はスカルド・イーガンのはずである。

「ほら、もう寝ろ。」
テオはゲオルグに船室への入り口を示す。
「そんなに、ピリピリしていたら、肝心な時に役に立たないぞ。」
フェリドはゲオルグの頭を撫でて言った。
子供扱いにゲオルグは憮然とする。
が、雇い主の関係者であるだろうフェリドに逆らう気は起こらず、おとなしく船室へと戻ることにした。

フェリドとテオはそれを見送った後、再び海を見つめた。
「ガキが配属されるほどノドカなはずなんだがな、少しきなくさい。だから、オヤジは俺を寄越したんだろうが。」
「それを解決せん限り動けんか。」
テオは難しそうしな顔をした。
「さっさとファレナに入りたいんだがな。」
フェリドは嘆息した。

◇◆◇

昼、指定の場所でモンスターに対し、警戒態勢に入る。
ゲオルグは少し寝不足だった。
「だから、ピリピリすんなって言っただろ?」
そう言ってきたのはフェリドだった。
フェリドは一介の傭兵として雇われているようだった。

「ここはサボれるぜ。」
そういいながらフェリドは壁にもたれかかる。
「少し、休むといい。」
テオはそう言ったが、ゲオルグは仕事のために甲板に立ったのだった。

◇◆◇

また、ゲオルグは夜中に甲板に出た。
最近ずっと夜におかしな気配がした。
たぶん、フェリドやテオも気づいているだろう。
海をじっと見ると、気になることがあった。
波の様子がおかしいのである。

ゲオルグは身構えた。
寝不足と軽い船酔いのため、少しふらふらしたが、気合を入れなおす。

海をじっと見る。どうやら、闇に包まれた船があるようであった。

「襲撃だ!」
ゲオルグは声をあげた。

渡そうとしてきた板を振り落とす。

が、左にも板が渡され、襲撃者が切りつけてきた。
避けきれず、ゲオルグは左の瞼の上を切りつけられた。
「大丈夫か!!」
フェリドとテオは駆けつけ、襲撃者たちはを切捨てた。

フェリドとテオもまた、警戒していたのだ。

ゲオルグととフェリドとテオは次々に襲撃者を倒していく。
ようやく味方の船員たちも出てき始めたが、船が闇に包まれているためか、少し混乱している。

戦闘は長期戦になりそうだった。
やがて、襲撃者たちは不利を悟って逃げていく。
フェリドとテオはそれを追った。

ゲオルグも続こうとする。
「自分の実力が分かって向かうんだな。」
フェリドのそんな声が聞こえたが、ゲオルグはフェリドとテオに続いたのだった。

◇◆◇

ゲオルグはオベルにいた。これで契約は終わりになるはずだった。

とはいえ、あの闇に包まれた海賊船に乗り込んだ時、負傷したため、ゲオルグは復路は、ほぼ寝たきりだった。
自分の実力を見極められず、無茶をした結果だった。
左まぶたの上の傷は、もう良くなっていたのだが、戒めのために、ゲオルグは眼帯をつけ続けることにしたのだった。

オベルに着き、王宮へと傭兵たちは通された。
王宮がここまで開放的な国も珍しい。

「どうやら、二人、足りないようだな。」
スカルドは傭兵たちを見回して言った。
そして、ゲオルグが乗っていた船の船長から報告を受ける。

足りないのは二人、フェリドとテオだった。

帰りの船にフェリドとテオは乗っていなかった。
闇に包まれた海賊船を潰したことにより、復路は大丈夫だと判断したのだろう。
赤月帝国で降りて、フェリドのほうは、たぶんファレナに行ったのだろう。

次々と名が呼ばれ、傭兵たちに給料が手渡されていく。
傭兵たちは受け取とり、王宮を後にする。

ゲオルグは一人、残された。
怪我のため、復路は寝たきりだったから、給料が引かれるのかと思った。

スカルドはゲオルグに近寄り、話しかけた。
「フェリドがどうしたか知っているか?」
まさか、フェリドのことを尋ねられるとは思わず、ゲオルグは驚いた。

「いや、フェリドがな、お前の給料を正規のまま払ってやれと、船長に言っていたらしくてな。フェリドは行ったのか?」
ゲオルグは少し迷った末、頷いた。

「まったく、あのどら息子は!」と、スカルドは豪快に笑う。

「俺は…。」
なんと言っていいのか分からず、ゲオルグはスカルドを見上げた。
「ありがとうございました。」
「礼ならフェリドに言ってやれ。とは言っても、あいつは、いないがな。」
「赤月帝国に行ったと思います。」
「直接、ファレナへ行くより見つからない、と思ってだろうな。」
スカルドにはすべてお見通しのようだった。

正規の金額を払ってもらった後、スカルドはゲオルグに向かって尋ねた。
「しばらく、ここで働かないか?」

ゲオルグは少し迷ったが、結局、首を横に振ったのだった。







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