泥んこ


「あ、ユイさん。」
そう言って雨の中、傘もささずにビッキーはユイのほうへ走ってきた。

と、ビッキーはぬかるみに足を取られ転ぶ。
あわててユイは支えるがビッキーのほうが身長が高く、勢いがついていたのでユイはこけ、ビッキーはその上に倒れた。

ビッキーはあわてて立ち上がる。
「大丈夫?怪我は無い?」
「え、あわわ、えっと、ユイさんが。」
ビッキーはたいして泥がついていなかったが、ユイは泥だらけだった。
「ま、洗濯すればいいし。セイラには悪いけど。ま、いつも、いじめられているからね。」
そう言って、慌てているビッキーに片目をつぶる。
「ほんとにごめんなさい。」
ビッキーは頭を下げた。

「いつもいろいろとしてもらっているしね。」

その言葉にビッキーは驚いた。
「私は何もしてないよ。」
ユイはにっこり笑う。いつもの通りビッキーの頭をなでようとして、自分の手が泥だらけなのに気づく。

「いろいろ、精神的にね、救いをもらっている。この雨も君が好きだから、ボクも好きになれた。」
泥だらけの手を洗うように、ユイは手を空にかざす。
たくさんの雨粒がユイの手の泥をぬぐう。

「何も、なくなってしまった僕に、感情と言うものを欠落させたボクに、君は感情を取り戻させてくれた。」
その目は本当にうれしそうで、ビッキーもうれしくなる。
「じゃぁ、ユイさん、笑えるようになったのね。」
そう言ってビッキーはユイに抱きついた。

不意打ちを喰らったユイは、再びバランスを崩し倒れる。
「あ、はわ、ごめんなさい。」
「大丈夫だよ。」
そう言ってユイはビッキーを見る。

「くやしいな、僕は非力だから君に泥をつけてしまう。」
ビッキーは、その言葉は、言葉通りの意味じゃなく、右手の紋章のことを指しているように思えた。

「ううん、ユイさんはいつも私のことを守ってくれてるよ。」
そう言って、ビッキーは泥だらけになるのもいとわず、ユイに抱きついた。
だから、どこにも行かないで、そう思いを乗せながら。


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