懐かしく思うのは
一人で気ままに旅をしてから、もう何年たったか忘れてしまった。
別に数える必要もない。
それでも、たくさんの仲間たちと過ごしたあの時が懐かしくなるときがキリルにはある。
町を歩いていると交易商があった。
なんとなく入ってみる。
調味料から、ワインやら。果ては金塊まである。
そこには本も置いてあった。
なんとなく、手にとって見る。
「あぁ、お客さん、それは群島諸国とクールークであった、紋章砲に関する日記らしいぞ。中身は嘘かホントかわかんねぇけどな。」
その言葉にキリルは懐かしく思った。
記憶は年を得るごとに霞んでゆく。アンダルクのように日記に書いておけばよかったと、何度思ったことだろうか。
「これいくら?」
「300ポッチだよ。」
「もう少し、まけらんない?」
「う〜ん、290でどうだ?」
「280。」
「285だ。」
「わかった。ねぇ、何かいい話ない?」
「100ポッチ払いな。」
「いや、交易関係じゃなくて、クエスト関係とか、この町の特産とか。」
「そうだなぁ。」
店主から情報もらってキリルは店の外へ出た。
買い物やクエストの報酬など、交渉するのはいつも自分の仕事だった。
アンダルクもセネカもあくまで、キリルに仕えているという形だったからだ。
交渉の仕方の基本はセネカに教えてもらった。セネカはいろいろ教えてくれたけど、結局年齢だけは教えてくれなかったっけ。
最初の頃ほどぼったくられることもあったけれども、オベル王に会って人数が増えるようになってからは、まぁ、そこそこ成功していた。
群島諸国の英雄が、値切り、交易の達人だとは思わなかったけれど。
彼からノウハウを教えてもらってから、商人が泣くようになったっけ。
キリルは懐かしくなって、くすっと笑った。
とりあえず、ベンチに腰を下ろし、キリルは買った本を開けてみた。
これより私が語るのは
紋章兵器として使われた
ある「生き物」についての記録である。
活字になっていて、筆跡から誰が書いたのかは判断できない。。
それでも、あの時書いていたアンダルクの日記だということがすぐにわかった。
懐かしい思いに駆られながらキリルはそれを読み進んでいった。
そこには、アンダルクが、セネカが、ヨーンがいた。
誰にも見せない、といっていたのに、こうして本にしたのはキリルのためなのだろう。
アンダルクらしい、とキリルは思った。
キリルのことを一番にして、他の事は二の次で、ヘタレで。
生真面目、といえば聞こえがいいけれど、頑固で、謝り倒しで。
父のことだって、気がつかない訳なかったけど、言わなかったのは謝られるのが嫌だからだ。呪われそうで。
運動神経よくないし、魔法使いの中で魔力が強いわけでもない。
セネカにはもったいないけど、二人がくっついてくれてたら一番嬉しいんだよな、とキリルは一人つぶやいた。
昔のことに思いをはせながら、キリルはベンチから立ち上がり、アンダルクの日記を片手に赤月帝国のほうへ歩き出したのだった。
おまけ
「って荷物、宿屋に置きっぱなし。ったく、これだからアンダルクの呪いは怖いんだよな。これでセネカとくっいてなかったら、絶対からかってやる。くっついててもからかうけど。日記も手に入ったことだし、からかう材料は十分にあるしな。」
そういいながら、キリルはセネカに教わったアンダルクのからかい方を思い出していた。
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